離れたところで鳴る音

久しぶりに事務所で残業をしようと思い立ったのだが、途端にザーザーと雨が降る音が聞こえ始めた。もちろん、私のやる気と残業と雨には因果関係はない。雨は私の生まれるよりも、何十億年も前から降っていて、今日の雨はその内の一回というだけの話である。

ただ、「私にとっての今日」は今日一日しかないし、遠くで聞こえる雨音だって、一人机に向かっている私にとっては、ただ一人私だけのものである、と強弁できなくもない。というか、そういう「へ」のつく理屈を書きたい気分なのだった。

今日の昼間は、先日廃業なさった本屋さんの本を、お宅に伺って縛っていた。四人がかりで400本(10000冊弱というところか)くらいだったから、そんなに大変な量ではなかったのだが、その棚が丁寧に整理されていて、ジャンルごとに分かれていて、作者名であいうえお順で並んでいることに感じ入っていた。

おそらく、古本屋である以前に、本自体がお好きな方だったんだろうと思う。並んでいる本と、それを収めた「手つき」を見ると。
「あぁ、自分も昔はそういう風にやってたなー」、みたいなものがその棚には詰まっていて、なんだか自分の古傷を見ているような気分になった。

そして、「古本屋の棚」であることをやめた棚は、とても静かに見えた。
最後にフランス文学の棚を縛ったのだけれど、縛れば自然にあいうえお順になった。古本たちは行儀よく、仲良さそうに並んでいたけれど、彼らが隣同士でいられる時間もあとわずかだろう。