「すいませんが、『こうがく』の本はありますかね」
店番をしている時、お客さんに本の問い合わせをされるたびに胸がチクリと痛む。聞かれたような本は大体無いからだ。まぁ、お客さんだって見つかりづらいから聞くのだろうから、いた仕方がないことだと思う。

『こうがく』と言われれば、「工学」のことだろうとは思うが、「法学」の聞き間違いかもしれないし、「工学」の本にもいろいろある。
「建築の構造とか、そういった本でしょうか」と問い返すと、そうだという。ただ尋ねる前から分かっていることがあって、そのお客さんの求める本はうちにはない。

「あの本屋さんにだったらあるかもしれません」と、離れたところの一見を指さすと、そうですか、と言ってお客さんは離れていく。同じ日に、「武道」の本を尋ねられた。「武道の本」も「葡萄の本」もうちにはない。おまけに武道の本といっても、と思っていたらお客さんはスイと離れていった。

お客さんは、大体の場合そこにはない本を探している。それは分かる。古本屋も同じだからだ。自分の持つ膨大な売れ残りではなく、どこかに存在する「見たこともないような本」を探している。
だから、尋ねられるたびに胸がチクリと痛む。「ねーよ」という怒りに近い感情と、「ごめんなさい」で。