それ一つ

古本屋をはじめて、と書くとその起点が曖昧になって、どの話をしているのかとなり…… そんなことを考えていたらもう既に面倒くさくなっているのだが、今日は約束だから書く。
店の中に、客を入れ始めてもうすぐ三か月くらいになる。

本来なら面はゆい初商いや、印象的なお客さんの面影などを書くべきなのだろうが、その類の記憶は一切ない。最初に売れた本も、初日の売上も覚えていない。おこがましいことだが、もう10年以上もこんなことを繰り返しいるような気がしている。いや、本当におこがましい。

私にとっては、ネット仕事で机の前に座っているのも、即売会で立っているのも、店の帳場に座っているのも地続きで、さほど違いのあるものだと思わなかったということなのだろう。古本を買って、ある程度掃除して、値段を付けて売る。確かにやっていることに違いはない。全く。

ただ、店売りの特徴というのもあることが体感出来た。お店をやって開けていると毎日お客さんが来る。当たり前だが、重要な話だ。そして、対応するのは私しかいない。これは即売会との大きな違いだ。そして、何より店はネット、即売会に比べてダントツに「売れない」。

即売会なら三日で立てる売り上げを、一か月かけてエッチラと売るのがわが店である。この前は月曜日の雨で一日千円しか売れず、バイトさんが淋しくて泣きそうになっていた。本来なら泣きそうなのは私のはずだが、先に泣かれてしまってはそうもいかない。こういうのは早い者勝ちだ。

こう書くと、なんだか店の悪口を書いているみたいだが、現状そうなのだから仕方がない。ただ、もう一つこれは個人的な事柄だが、とにかく店番は楽しい。ダントツに楽しい。お客さんが去って、ポツンと一人で店にいる時、ふと「なんかとても楽しいんですけど」と思う。

買ってきた本を棚に並べるのが楽しい。本が変われば、棚を並べなおすのも楽しい。お客さんの動きを見るのも楽しい。次にどんな棚にするのか考えるのも楽しい。単純に売れれば楽しいし、なんなら売れないのも楽しい。「うわぁ、マジこの棚売れないな。うけるー」みたいな。

私は、自分が古本屋であることに特別な意味を感じていない。「職業的なプライド」みたいなものは、あることはあるのだけれど、人を押しのけてまで持つべきものだとも思えない。そもそも古本屋なんて、と書くと「またその話か」となるのでやめる。悪口を書こうとしたと思ってくれ。

ただ仕事は楽しくて。私の仕事と言えば「古本を買って、古本を売る」というたった一つのことだから、そのたった一つを楽しく、そして無残に繰り返している。