「式の前日」穂積(感想文)

「式の前日」穂積(小学館フラワーコミックスアルファ)

人の死を使って、他人の涙を絞り取るやり方はダサいと思う。
透けて見える苦労、波間を割って見える感情を、ふわりと着地させるのが本望なのでしょう。生真面目とも思える画は、確かに素敵で。

出てくる人はみんな優しく。明日嫁に行く姉も、年に一度しか現れない父も、ニューヨークにいる兄も、森の奥に散る鴉も。世界って、こんなに優しさに飢えているものなのかね。泣くよりも笑いたいもんなのだろうか。まぁ、確かに生きていればつらいことばかりだけれども。

人の死を使って、他人の涙を搾り取るやり方はダサいと思う。
なんか楽(らく)しすぎだよね。そりゃ、父親を早く亡くせば苦労もするだろうけどさ。両親揃ってれば、嵐がないってわけでもないじゃない。そりゃ、片親いない方が泣けるけどね、ハッピーエンドでも。スパイスだね。

大学生のころ、「遺書ってすげーな」と思った経験があって、その詳細は面倒だから省くけれども、なにがすごいって、「言いっぱなし、決めつけっぱなし、おまけになんかそうな気がする」ってこと。「死んだ人が言うんだからまぁそうなんだろう」みたいな。こりゃ無敵だ、と思った。

だからまぁ、命を盾にされると、まぁそういうのが気にならない人はいいのだけれど、私のような偏屈は「そこをそう決められてしまうとね」と思ってしまう。でもまぁ、このことがこの作品集の価値に傷をつけているのかと言えば、まぁそんなことは無いかな、とも思う。

良い作品集だと思います。私は西炯子の初期の短篇集が好きで好きで、もしかしたらこの本はその中の一冊に届いているかも。くらいの感じでしょうか。
なんだか出来上がっていて、荒削っている部分がないのは不思議ですけれど。どこかでキャリアをお持ちなのかもしれません。

キャリアがあるにしては、それはそれで「瑞々しい」というか。続けていくと、おのずと無くなっていくはずのものがまだある感じが不思議です。そのアンバランスが私にはあまりにも眩しくて、「良い作品集だと思います」と書き始めるのに、五つもの段落を必要としてしまいました。

絵も良いとは思いますが、個人的にはセリフとテンポの良さが特徴的だと思います。表題作の「式の前日」で如実ですけれど、「笑顔」と「涙」の対比が効果的になるような間合いに命をかけている感じが素敵、というか共感を禁じ得ません。本を読むのが好きな方なんだと、勝手に思っています。

一冊、改めて確認してみると、私の判断では水準を越えているのは「10月の箱庭」だけだと思います。作品集のタイトルになっている「式の前日」も、内容は結婚式で花嫁が読む両親への手紙的というか。(ただ、作品集としてはとても良いタイトルですよね。)

なによりも私にとって重要だと思えるのは、この穂積という作家が、こういうエッセンスを持ってデビューをした、というのを確認するという意味でとても良い作品集だと思います。この人が、「近しい人との関係性」の中で商業作家としてのキャリアをスタートしたことは、生涯ついて回ると思います。

私は西炯子の「水が氷になるとき」という作品集がとても好きで、今でも西炯子の名前を外で見かけるとそのことを思い出すのですが、そういう本になる可能性がある作品集だと思います。
そして、もしこの作家が時間の海の中に沈んだとしても、「あれなかなか良かったよ」と言ってあげたいと思っています。