さようなら、を言うでもなく

新刊の本屋さんは、同じ本をたくさん売る。古本屋は、あまり同じ本をたくさん売らない。
売れる本ならば、古本屋だってもちろんたくさん売りたいのだけれど、そうはいかない。理由は単純で、同じ本をたくさん用意出来ないからである。

その代わりと言ってはなんだが、「似たような本」を集める。例えば、ジャンルが一緒だったり、作者が一緒だったり、同じようなものを研究したりといったような集め方をする。だから、古本屋はいつも全く同じではないけれど、似たような本を扱っている。

今日、本を触っていたら、なじみの教授が大学を退官したことを知った。なじみと言っても、本人と面識があるわけではない。本の著者として知っているのである。その人が大阪の大学で教鞭を取っていたことも初めて知った。退官記念の本の発行年は2002年だった。

おおよそ12年の歳月遅れて私はその事実を知ったことになる。
その人とは、今後もなじみであろう。「似たような」本を扱っていれば、自然そうなるような人というわけだ。その人の退官を12年後に知った私は、今度はその内その人の訃報知ることになるのかもしれない。

何年後かに、本でも拭いている時にふと目の端からその事実を知るのだろう。「古本屋」というか、私にとっての時間のある部分はそういう風にして流れている。