「ジブリの教科書1 風の谷のナウシカ」(文春ジブリ文庫)

ジブリの教科書1 風の谷のナウシカ」(文春ジブリ文庫
私は宮崎駿が好きで、やっている長編アニメ映画製作を代表とする仕事ももちろん好きだが、言っていることも大概好きだ。そう私は心の狭いオジサンが好みなのである。

なので、宮崎駿のインタビューなんて大好物で、口を開けば文句を言っている様子を大変好ましく見ている。
この本は主にそんな宮崎駿の悪口雑言と、映画「風の谷のナウシカ」をおそるおそる語る人たちの文章で出来ている。

気の毒なのは、選に入って寄稿している人たちで、「ナウシカということならば是非」と勇んで引き受けたのだろうが、いざ初めてみると「やばいぞこれ」と気づく。結果として、「私ごときがナウシカを語るなんてはなはだ僭越ですが」と必ず前置きが入る感じで、それがなんともユーモラス。

宮崎駿黒澤明は、見て楽しむもので触れると火傷して当たり前なのだ。
それでも、識者がやばさに気づきながら必死にナウシカについて書いている。そして読めば、思わず自分もナウシカについて語りたくなってしまいたくなり、つまりは自分も火傷必至のとても良い本でした。

「火花」又吉直樹(文藝春秋)

「火花」又吉直樹文藝春秋
巷で話題沸騰の、「火花」をついに読んだ。もちろん単行本である。初出は2015年の3月とあるから、巷の沸騰が私のところにたどりつくまでは2年くらいかかることがこれで分かる。私も店を開けて半年。「ついに『火花』を買うところまで来たかー、と感慨深い(古本屋的な意味で)。

 

お笑い、おそらく「吉本興業的な」、お笑い世界の後輩と兄貴分のお話。
語り手である「後輩」は男の子の売れない漫才師。そして、兄貴分となる「神谷さん」が本作の主役となる。彼は天才的な漫才師としで描かれており、やはり売れていない漫才師である。しかし、後輩の男の子は「彼こそが漫才師だ」と信じ、弟子入りするところから物語はスタートする。
本編は、「どこまで行ってもブレイクしない自分」、と「ブレイクしようがどうであろうが漫才ってそういうものだろう」を体現しようとする神谷さんの間を行ったりきたりすることで進み、最後は後輩のコンビ解散、芸能引退で幕を閉じる。
途中の展開は、言うなれば「エピソードトーク」で話がつながれるわけだが、これはさすが本職と言うべきか面白い。「エキセントリックであることってどういうことか、を突き詰めてやってみたことがある」というのが、お笑い芸人さんの強みであると思うが、それが良く出ていると思う。


短くて、読みやすく、読後感も良い。なるほど、これが売れる小説なのかと納得する。お笑いの人たちが喧伝する、「先輩・後輩の世界」が果たしてどれくらい世間の共通認識となっているのか不明だが、そういうことに関しては読めば大体分かるのかもしれない。
これを書き終えた時に、作者はどんな感慨を持ったのだろうかと考えた。自分の業種のことを、フィクションとして書き上げる。長いコントを書き終えた感じだろうか。おそらく違うだろう。「俺は面白いと思うんだけどなー」とは思ったはずだ。
読みながら、信じること、支えになることがあることは良いことだなぁと思った。この小説は、作者が自身「お笑い芸人」であることが強い支えになっているように感じた。そして、なにより「神谷さん」に対する作者のほとんど信仰に近いような信頼がまぶしい。

だめだこりゃ

「だめだこりゃ」いかりや長介新潮文庫 平成15年)

ドリフターズいかりや長介の自叙伝ということになるのだろうか。「だめだこりゃ」を読んで、その余りのおもしろさにほとんど驚愕した。
本は荒井注の葬儀における弔辞から始まり、子供時代→バンドマン時代→ドリフターズ時代→踊る大走査線時代と進んでいく。日本芸能史におけるドリフターズの大きさを考えれば、その景色だけでも一つの価値があるだろう。それについて色々書きたい気持ちもあるのだが、それはぐっと飲みこもう。やはり一番の衝撃はその文章の巧さだ。

かつて、ひょうきん族よりドリフびいきだった、という私の立場を差し引いても、大したものだと思う。事例なしでは理解しづらいだろうから、長いけれど一文を引く。昭和十九年、小学校の卒業を待って碇矢長一少年は静岡に疎開する。

『そして四五(昭和二十)年、東京下町の大半を焼き尽くした三月十日夜の大空襲を、私は富士の裾野から望見することになる。B-29は東京を空襲するとき、御前崎から入り、富士山を目標に進んで、少し手前で東に進路を変えて東京上空に至るという。だから東京に空襲がある時は、かならず富士の私たちの真上を飛ぶ。三月十日は常にも増して、物凄くやかましい音を立てて、大群が飛んで行った。私は、これは只事じゃないとおもって、表に飛び出した。しばらくは音も消え、あたりは真っ暗闇だったが、やがて東の空が明るく輝きはじめると、間もなく富士山の右側までオレンジ色に染まっていった。私は茫然と立ちつくした。このとき、美しくさえ見えたその光の下で、私たちの住んでいた東京下町はすっかり焼き払われてしまったのだ。』

まさしく達意。
これと同じ文体で、ドリフターズのことも、米軍相手のバンドマン時代の思い出も、クレイジーキャッツのことも、十六年続いた土曜日の生放送のことも、とつとつと書かれていく。良い表現が思いつかず申し訳ないが、とても素朴で、こちらはほとんど涙ぐみながら読んでいた。これは間違いなく文章の力だ、とか頭の片隅で考えながら。

こんなに面白い思い出話は、なかなか無い。そして語り口も抜群だ。
ドリフは遠くになりにけり、だがその記憶を持つ人はこの本を最大限に楽しむことが出来る。そして、ドリフターズを知らない人にとっては、知らないおじさんの昔話ということになるのだろう。わー、若いって、もの知らないってかわいそうだなぁと思った。こんなに面白いものが100円なのにな。

それ一つ

古本屋をはじめて、と書くとその起点が曖昧になって、どの話をしているのかとなり…… そんなことを考えていたらもう既に面倒くさくなっているのだが、今日は約束だから書く。
店の中に、客を入れ始めてもうすぐ三か月くらいになる。

本来なら面はゆい初商いや、印象的なお客さんの面影などを書くべきなのだろうが、その類の記憶は一切ない。最初に売れた本も、初日の売上も覚えていない。おこがましいことだが、もう10年以上もこんなことを繰り返しいるような気がしている。いや、本当におこがましい。

私にとっては、ネット仕事で机の前に座っているのも、即売会で立っているのも、店の帳場に座っているのも地続きで、さほど違いのあるものだと思わなかったということなのだろう。古本を買って、ある程度掃除して、値段を付けて売る。確かにやっていることに違いはない。全く。

ただ、店売りの特徴というのもあることが体感出来た。お店をやって開けていると毎日お客さんが来る。当たり前だが、重要な話だ。そして、対応するのは私しかいない。これは即売会との大きな違いだ。そして、何より店はネット、即売会に比べてダントツに「売れない」。

即売会なら三日で立てる売り上げを、一か月かけてエッチラと売るのがわが店である。この前は月曜日の雨で一日千円しか売れず、バイトさんが淋しくて泣きそうになっていた。本来なら泣きそうなのは私のはずだが、先に泣かれてしまってはそうもいかない。こういうのは早い者勝ちだ。

こう書くと、なんだか店の悪口を書いているみたいだが、現状そうなのだから仕方がない。ただ、もう一つこれは個人的な事柄だが、とにかく店番は楽しい。ダントツに楽しい。お客さんが去って、ポツンと一人で店にいる時、ふと「なんかとても楽しいんですけど」と思う。

買ってきた本を棚に並べるのが楽しい。本が変われば、棚を並べなおすのも楽しい。お客さんの動きを見るのも楽しい。次にどんな棚にするのか考えるのも楽しい。単純に売れれば楽しいし、なんなら売れないのも楽しい。「うわぁ、マジこの棚売れないな。うけるー」みたいな。

私は、自分が古本屋であることに特別な意味を感じていない。「職業的なプライド」みたいなものは、あることはあるのだけれど、人を押しのけてまで持つべきものだとも思えない。そもそも古本屋なんて、と書くと「またその話か」となるのでやめる。悪口を書こうとしたと思ってくれ。

ただ仕事は楽しくて。私の仕事と言えば「古本を買って、古本を売る」というたった一つのことだから、そのたった一つを楽しく、そして無残に繰り返している。

 

☆古書月報交換会ニュース(600字程度)

☆古書月報交換会ニュース(600字程度)
南部の市場に関わってどれくらいでしょうか。まぁ、十年たたないくらいの私の、今の南部入札会の印象と言うと、
人はいるけれどまとまりはなく、量はそれなりに出るけれど出来高は少なく、清々しいほどに貧しい。おそらく、支部市というか支部は疲弊しているというのは単純な事実で、それはつまりこういうことなんだと思っています。
南部支部は自前の会館もあるし、恵まれてる方なんだろうなぁ、と思わなくもないのだけれど、そう言われても好きで支部の仕事をしたい人間は少ないわけで、私も多数派の方で「交換会」の場に立つのは十割義理です。
かつて南部を支えて来てくれた優秀な人たちは、ふと見ると皆神田の市場で頑張っていて、これは喜ばしいこと。ただ、支部に残された我々の方と言えば、老人と子供ばかりの街角で、ほとんど終戦直後。
後に続く高度成長を期待しようかと、父親の帰りを待つ構えというところでしょうか。終わってんだか、始まってもいないのかと思った、八月十五日でした。
(古書明日・田中大士)

 

中央市会だより(2月19日版)

中央市会だより(2月19日版)

連日、大市の準備に追われております。

そんな中、「大市らしい荷物が少ないねー」などと話していたのですが、ならば「大市らしい荷物」ってなんだろう、などと考えていました。例えばなんでしょうか、百万塔とかでしょうか。うん、いらないかもしれない。

そんな中、「あぁこれかぁ」という荷物が到着しました。戦前・戦後の博覧会関係と書かれたダンボールが10箱。まず箱を開けた会長が、「これ見てごらん」と声をかけてくれて覗いてみると、確かにいかにも良さそうな絵はがきやら紙らがチョコンとありました。

二人で、なんかこれスゴイですね、などと話していると、どこからともなく人が集まってきます。本屋が集まって、やれ100万円だとか、やれこんな買取があったらば、とか。あいつにも見せてやろうと言って、自分の荷物でもないのに別の人を呼びに行ったりしたり。こういう品物が、「大市らしい」荷物なんでしょうね。

夢多き人たちの、その夢を膨らます品物は、当日最終台に並ぶ予定です。私は、楽しみにしています。自分の出品物でも、それを買うわけでもないのですが。

 

 

一個貼り忘れてました。順番が前後してしまってすいませんが、なおすつもりがありません。

中央市会だより(2月21日版)

中央市会だより

本日、10時より大市の下見が始まっております。昨日の雨も次の所へと過ぎ去って、なかなかの下見日和。せっかくの日曜日ではありますが、会館まで足を運んでいただければ幸いです。現在総点数5481点となっております。1から5000まで1ずつ数えたことってありますか? 私はありません。つまり、今日から見ておかないと、とても全部見きれないということです。

 

○出品目録抄

・4階

まとまった本口や、どちらかと言えば柔らか目の本はこの階に。美術の大判も、冊数の少ないものはカーゴに、本口のものは壁際に積んであります。一か所、沖縄関係のものがまとまっているのが目を引きました。

エレベーター前には、美術評論家旧蔵のプリミティヴアートが。木製の作品ですが、すごい力強さと存在感。

・3階

文芸書の初版、署名本の一口がどかんとあります。署名本は、5本口程度のものが18点くらい。全部で2000冊くらいあるのでしょうか。プロの作家は、サインもプロなりに書かされる。易占霊の一口があって、これも良いものだそうです。金額は検討もつきませんが、人気を博すことでしょう。東洋文庫725冊もこの階で、これさえ買えばいきなり日本有数の東洋文庫本屋になれます。全集コーナーもこちら。

・2階

2階は例年通りサブカルコーナーとなっております。映画、写真集、鉄道、音楽などなど。「その他全部」みたいな素敵な空間になっています。「秋田實の色紙」、なんてものを見ると「そりゃあこういうものも世の中にあるよね」という気持ちになります。プロレスのファンクラブ会報の情熱にほだされるけれど、これがお金に結びつくかどうか想像もつかなかったり。小松崎の画稿も、民族楽器も、チェスボードも、DVDももちろん本も。全部ここにあります。

・地下

今回は、近代文献のコーナーを特設しました。「国家総動員史 13冊」「陸軍中野学校 1冊」これを書けば、その筋の人がぞくぞくと集まってくるという魔法の本だそうです。こけしの一口があって、27箱が10点ほど。集団でいると、なんだか思い思いなにか考えていそう。額物では、大沢昌助が二点あって、「あぁやっぱりいいな」と思いました。文学書は「春と修羅」が最終台にございます。もちろん、新潮文庫ではなく関根書店版です。

 

会場内、品物で大変混み合っておりまして、一部商品が見にくいところもございます。陳列にも大変苦労していて、違和感を感じる個所もあるかと思います。ご容赦ください。階段にも荷物が陳列してあります。崩れても、転んでも大変危険です。頭上と足元にはご注意ください。

本日の下見は17時まで。明日の開場は9時となっております。お見逃しのないよう、よろしくご入札お願いいたします。

 

 

準備があれば、片付けがあるということで、当日が終わった次の日、そしてその次の日が片付け日として割り当てられています。その間中、私は当然市場に詰めっきりということになるのですが、その間店がどうなっているかというと、もちろんほったらかしになっています。悲劇か喜劇かというと、悲劇であり喜劇です。悲惨も過ぎれば笑ってしまうというわけ。その悲喜劇が、大体半分くらい終わったところが今です。私の海よりもでかい心でなければ、受け入れきれないだろうと思いながら、心中は荒れ狂っています。海だけに。