サクラサラリ

花見といえば、咲いた桜を肴に酒を飲むというのが一般的な話だろう。
そこら辺でそれなりのつまみを買って、缶ビールを10本でも20本でも買って、気の合う人間と木の下に行けば、それで2時間はもつはずだ。いや、ビールがあれば気が合わなくても大丈夫かもしれない。

神田の古書会館から少し歩けば九段下で、そこまで来れば千鳥ヶ淵は目の前。皇居を囲むようにして咲く桜は、「威容」というにふさわしい風景だ。皇居を取り囲むのはソメイヨシノだが、この花が満開の時には葉が出ていない。だから、満開の桜は、上から見ると桃白色の一色となる。よって、濠を挟んで向こうに見える千鳥ヶ淵の桜は、あたかも地面から直接花が咲いているように見える。地面から吹き出る一面の桜色。これは、ビールとチーズに常に目を奪われがちな私でも、「さすがに美しい」と思った記憶がある。
千鳥ヶ淵の桜は、東京の桜前線の報道では必ず映るのだが、この「凄み」みたいなものは、いかにテレビが4kになっても伝わらないのではないかと思う。

と、書いてはみたものの、その美しいと書いた私は最近その景色を観に行っていない。言いわけというか、理由もあって、近年持病の花粉症に自覚的になり、満開の桜が咲くころは、私にとって外を出歩くのが最も苦痛な時期なのだ。桜のもっとも美しい時期に、それを観るべき両目は、直接自分の指で突いてくりぬいてやりたくなる痒みに襲われているわけだ。もちろんビールだって飲みたいが、これは空調を完備した個室で飲む方が断然おいしい。
よって、私が花見という行事から縁遠くなってずいぶんたつ。おまけに私は人に酔うタイプなので、一番見どころであろう皇居の脇の並木道は、撮影をしている人や、一年に一度この時期しか来ないであろう人でごった返す。そんなところに近づいていって、充血した目で、ビールを片手にもりもりとサラミをかじっていたら、ほとんど狂人である。まぁ桜に狂人はつきものだから、似合わないことはないのだろうが、警備する警官が許してくださるかは別の問題だ。

20年くらい前までは、バカな大学生たちが夜街頭の下にテントを張って、桜そっちのけで酒盛りをしていたものだが、今は許されないだろう、というか許されない。その頃、鉄パイプ爆弾だの、迫撃砲だのと、日本人のテロリストというか活動家が注目される時期があり、日本の中心たる皇居周辺の警備が強化されるということがあった。テント持参で、酒瓶を持って騒ぐ学生などもっての他で、たどり着くなり早々に警察に追い払われるという事件となる。学生たちは当然、「去年までは何も言われなかったのに」と文句を言ったわけだが、時勢というのはそういうもので、すごすごと近くの居酒屋に引き下がるしかなかった。公権横暴。庶民の楽しみを奪うな! 私はその事件について良く知っていて、その学生たちに大いに同情していたのだが、その理由はもちろんその現場に私がいたからで、今考えてみれば署まで連れて行かれずに本当に良かったと思っている。