「火花」又吉直樹(文藝春秋)

「火花」又吉直樹文藝春秋
巷で話題沸騰の、「火花」をついに読んだ。もちろん単行本である。初出は2015年の3月とあるから、巷の沸騰が私のところにたどりつくまでは2年くらいかかることがこれで分かる。私も店を開けて半年。「ついに『火花』を買うところまで来たかー、と感慨深い(古本屋的な意味で)。

 

お笑い、おそらく「吉本興業的な」、お笑い世界の後輩と兄貴分のお話。
語り手である「後輩」は男の子の売れない漫才師。そして、兄貴分となる「神谷さん」が本作の主役となる。彼は天才的な漫才師としで描かれており、やはり売れていない漫才師である。しかし、後輩の男の子は「彼こそが漫才師だ」と信じ、弟子入りするところから物語はスタートする。
本編は、「どこまで行ってもブレイクしない自分」、と「ブレイクしようがどうであろうが漫才ってそういうものだろう」を体現しようとする神谷さんの間を行ったりきたりすることで進み、最後は後輩のコンビ解散、芸能引退で幕を閉じる。
途中の展開は、言うなれば「エピソードトーク」で話がつながれるわけだが、これはさすが本職と言うべきか面白い。「エキセントリックであることってどういうことか、を突き詰めてやってみたことがある」というのが、お笑い芸人さんの強みであると思うが、それが良く出ていると思う。


短くて、読みやすく、読後感も良い。なるほど、これが売れる小説なのかと納得する。お笑いの人たちが喧伝する、「先輩・後輩の世界」が果たしてどれくらい世間の共通認識となっているのか不明だが、そういうことに関しては読めば大体分かるのかもしれない。
これを書き終えた時に、作者はどんな感慨を持ったのだろうかと考えた。自分の業種のことを、フィクションとして書き上げる。長いコントを書き終えた感じだろうか。おそらく違うだろう。「俺は面白いと思うんだけどなー」とは思ったはずだ。
読みながら、信じること、支えになることがあることは良いことだなぁと思った。この小説は、作者が自身「お笑い芸人」であることが強い支えになっているように感じた。そして、なにより「神谷さん」に対する作者のほとんど信仰に近いような信頼がまぶしい。